まぁいうなれば好みの問題

まぁいうなれば好みの問題

好みと趣向

つまりどういうことかというと、こういうのは個人の問題だから家族ないし友人の意見などを参考にしているとキリがない、ということだ。先ほどの美味しいと感じるランキングだが、東洋水産の商品がいくつも入っているが、それはつまりかの企業で発売されている焼きそばと言っても固定人気を得ている物が少なく、実は分散して一定の人気が得られていない、という表れではないだろうか。ただ上位になればなるほど同一メーカーから発売されているものが主力なっているため比べる是非もないかもしれないが、ただ同じメーカーと言っても商品によって当然味は異なってくる。

ランキング1位を獲得した日清食品にしても、同じ企業から発売されている『やきそばできました。』と比べても、指示を受けている度合いがかなり違っている。それはつまり、同じメーカーから発売されているからと言っても美味しいと感じる保障は必ず無いからだ。つまり友人がこれが美味しいからこれを食べてみてくれ、などと進めてきてもそれが好みに合えば問題ないが、趣向には適さないものだった際、この時ほどまずいと感じる瞬間はない。

インスタント食品を食べて中々まずいと感じる瞬間もそれほど多くはないはずだが、どういうわけか勧められたものほどその外れ具合が恐ろしく高くなる、そう感じる瞬間はないか。勧めることもあるが、やはり最終的に誰も強要するのではなく、そっと後ろから押して好きになってもらえたらという希望とともに判断を勧められた人に委ねている。勧めたとしても今では無理やり引き込むといったことをされても、正しいと感じる人は多くはないようだ。

こういうやり取りは子供時からよくある

こうした価値観の押し付けという点では子供時代に親から度々押し付けられているだろう。味覚も個人的な好みなどは存在するが、やはり外的要因として育った環境や親の好みなどでその子供の味覚もだいぶ変化するものと考えるべき。勿論子どもならではの苦手な味である苦い・酸っぱいといったものもそうだが、焼きそばにしても外で食べるものと自宅で食べるものとでは味が異なる。外で食べるものは決まって美味しいと感じるが、逆に自宅で食べるからこそ美味しいと感じる瞬間もある。味への憧憬といったものだ、こうした感情を持ち始めてくると人とは違う好みが生まれ、そしてそれを自分として肯定する。

ただそれも10代頃は基準とすると逆にどうしてこんなものが好きなんだと言われてしまったら、それを隠さなければならない。皆がこれを食べているから自分もこれにする、美味しいと感じていなくてもそれを好きだと言ってしまえるのだから不思議だ。感情をむき出しにして嫌だと言わないのだから、人間の適合力とは素晴らしいものだ。

子供の頃は親が食事を用意してくれるため、親の味が基準となって、それがいつかおふくろの味となって妙に愛郷心をくすぐられる一品へと進化するのだから驚きだろう。味覚1つとっても、美味しいと感じる料理は異なるもので、それを全体の中で考えてみると自分の味覚はおかしいと思うのではなく、むしろ自分の好みを大事にして楽しく食事をしているという事実を喜ぶべきだろう。

話し合いで解決しない例が多すぎる

ところがこうした価値観の押し付けというものは味覚にしてもそうだが、押し付けて自分と同じでないと嫌だという人もいる。その人にとっては喜びなどを共に分かち合いたい一新だが、やり過ぎても大半が反感を招いてしまうだろう。中にはどうして合わせなければならないのかと聞いても、理由として『普通だから、常識だから』といったことしか言わないからまた面倒だ。どうしてこうやらない、なんで言うとおりにしないんだと、親の教育方針みたいなやり取りを兄弟や姉妹、友人同士で繰り広げたら決着は付かないまま堂々巡りとなる前にどちらか片方が分かったとばかりに意見を曲げるまで続く。終いには喧嘩にまで発展するのだから、そういう意味でも人間の分かり合えなさが表面化するとトラブルは耐えない。

半ば個人的な経験も挟んでしまったが、インスタント焼きそばにしても好みという好みはやはり分かれている。ただそんな美味しいと感じる人が多い商品がもし、突如として起こった不祥事によって販売停止に追い込まれてしまったら、どうだろうか。実際、最近起こった身近な例としてもそれは社会問題の1つとして取り上げられてしまい、人気商品でありながら転落街道まっしぐらとなってしまった、あのインスタントカップ焼きそばなどは、現代において色んな意味で社会の歪みを象徴してしまうのだった。

魅惑の香り!ソース焼きそば♪

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焼きそばってなんでこんなに美味しいんだろう?